健康って一番大事だと改めて知ることができた。全ては健全なカラダでなければ、頭も働かない。欲もわかない、どうでもよくなる、投げやりになる。
そもそも一人暮らしだとそうでもないかもしれないが、家族住まいだと1人陽性が出て、他のみんなに感染しないために隔離する。
当たり前のことだけど、微妙に切ない。
そして一人目の子供陽性から3日後に私が陽性となった。
子供と病院に行き、狭い車内で待機していたのも私、普段の行動も私が一番接触しているのだから可能性は多いにあった。
コロナ発症に気付くとき
1人目陽性・子供編
陽性判定受ける3日前、「喉が痛い」と言っていた。
この時期、コロナ陽性が爆上がり中で、
「コロナでは?」
こんな会話はしていたのに、どこかで違うとも思っていた。
なぜなら、大坂旅行も無事だったし、コロナ陽性が周囲にも見当たらず、普段から注意して生活していたからだ。
そして、アレルギー持ちの子供は咳もしていたので、そちらが原因かと思いたかった。
それでも陰性結果を得るために病院へ行くも結果は陽性となる。
症状は、微熱、のどの痛み、咳、鼻水。
2人目陽性・母親編
次女は2階の子供部屋に隔離した。
でも、少々遅かったらしく、隔離以前にすでにウイルスもらっていた模様。
それでものどの違和感を感じた時に、気のせいかな?と思えるレベルだった。
気のせいでないかもと思えたのは翌日。
明らかにのどが痛いので、抗体キットに検査するも陰性。病院も休みだったので念のため家族とは隔離された。
翌日はさらに症状が出た。
倦怠感、頭痛、微熱。
さらに抗体キットで検査するも陰性・・・
休日当番医に電話して受付する。
具合が悪いけど誰も私を送ろうとは言わないし、さすがに頼めない。
自分で行って車中で受け付け、
2時間待ちなのでいったん帰宅。
再び病院へ、陽性判定。
ほらね、分かっていたけど。
だって子供陽性だしね。
抗体キットの陰性はなに?ちなみに2600円。
病院代ぐらいの金額でした。
ちなみに薬代は必要なかった。
こうして、無事?陽性となり
次女と仲良く同じ部屋へ隔離。
次女「ひぇ~コロたんがきた~」って
言うけど1人目はあなたです。
同居生活よろしくね。
次女との隔離生活は違和感なく過ごせた。
これが夫だったらと思うとゾッとする。
コロナかも?のその後の行動
抗体キットの役目とは
「抗体キット」はすぐさま検査できるので便利だと思っていた。正確に結果が出るのなら。
私が使用した唾液タイプは失敗もなくきちんと検査できたと思うけど、結果が出てない。
結局は病院での判定基準なので
仮でしかないけれど。
抗原検査キット配布
県によっては、無料でキットを配布している。
医療機関の検査・受診を緩和するためだ。
- 疾患なし
- 県民のみ
- 年齢制限
- 解熱剤持っている
- WEB申し込みできる人
など、制限はあるけど、症状が軽くて、若い世代だと活用できるかもしれない。
現にのどに違和感があり、最初にかけた病院はそちらを推奨された。
病院はどこも多くてスタッフも大変だし、あの寒さの中半袖で仕事をするくらい忙しいのだろう。
体験して思うことは、
症状はコロコロ変わる気がして、これだから急変とかありえるなと実感した。
無症状の人もいるらしいけど
人によって症状は変わるという意味では
やはり病院で対面受診を希望したい。
痛み止めの薬は持っていても、喉の痛みを緩和する薬は無かったりするから、結局は病院受診の緩和が難しいのかもしれない。
PCR検査を病院でしてもらうには
家族にコロナ陽性がいて、自分が濃厚接触者からの、のどが痛いという症状を訴えても受診させてもらえなかった。
そこは次女が陽性確定した病院。抗体キットで陰性だったしその日は病院へ行くことを断念した。
だけど、この状況でコロナでないわけない。
翌日かけた病院は休日当番医で、待ち時間はあったけれど診察してくれて感謝している。
コロナ陽性の症状と経過
のどの違和感から始まり、
気のせいかな?と思えるほど。
翌日に痛みが強くなり頭痛もしたので、
抗体キットで検査し、陰性。
状況的にはかなり怪しい結果なのに、家族も自分もここで私が陽性となると、かなり悲惨なことになるため、その結果を信じることになる。
実際隔離もしてたけど、2日間食べる予定のおでんを作ったのは私だ。
おでん作ったが良いよね?
「作らなくていい」
「何食べるつもり?」
「食べない」
おいおい、あなたは食べなくても、子供も陽性患者もいるよね?
自分作るとかその他の代案も出さず、自分本位な発言にほとほとあきれて、もくもくとおでんを作ったのだ。
結局その夜はかなり頻尿と手足の寒さに悩まされ、悪寒がすごかった。
これで熱でないって不思議なくらい。膀胱もウイルスに侵されていたのか?
とにかく頻尿でトイレばかり行っていた。
翌日抗体キットで陰性でも休日当番医へ行き陽性をもらったときは、なぜか熱は36.6℃。
喉もそこまでは痛くなくて・・・だけどその夜は眠れないほどの咳と咳を出すまいと臓器の痙攣が苦しくてこのまま死ぬかもと思った。
カロナールも6時間ごとに飲まずにはいられない倦怠感もあったのに、翌日はまたスッキリしたり、急変が怖かった。
それでもよく言われる食欲は普段通りあるという不思議さ。ここからは日ごとに症状が和らぎ、頭痛と関節痛がなくなり、倦怠感も消えると、たまに出る咳以外はもう普通に色々できる気がする。
それでもウイルスは体内にいるので、おとなしく隔離状態は続く。
普段から準備すべきもの
- 水
- 食料
- 箱ティッシュ
- 除菌スプレー
- のど飴
- カイロ
- 紙皿・紙コップ・割りばし
とにかく水は基本。健康でもコロナでも同じ。
とにかく喉が乾燥してつらいので水なしでは寝れない。
感染予防のためにも、家族との接触を避けるために、ペットボトルごと部屋に置いていた。
薬も飲めるしまあまあ消化する水。
濃厚接触者となると、買い物も行けないので、
レトルトなど、保存のきくようないざというものは必要かな。食欲はあるので、食べ物は必要。
鼻水は出るし、痰も出るしで、
ティッシュは必需品。
除菌スプレーは家族を安心させるために、
とにかく「シュッツ、シュッツ」
コロナは喉にくるので、
のど飴があると助かります。
驚くくらい手足が冷たくなるので、
カイロがあれば冬場は特に良かった。
食器洗い洗剤で洗えば良いですが、結局普段から茶碗洗いをしない人への負担の配慮と、ウイルス付き食器を洗いたくない人のためにも使い捨てのグッズは便利だと思う。
妻が病に伏す度に蘇る夫への不満
通常が異常になった環境を即座に受け入れる器があるかないか?
そこが人格に現れるようで、夫は普段から器が小さく「おちょこ」くらいしかないよね?と
冗談ではなく本気で思っている。
妊娠つわり中もその傾向は現れていたが、
若さゆえ気付けないでいた。
夫が一番にかかったインフルエンザで家族全滅した時、私は震える手でコップを洗い、洗濯物を干したものだ。
夫には寄り添う優しさがない。逆に冷たい。
でもその理由もここまで連れ添うと分かってきた。
きっと状況の変化に対応できないのだろうね。
そしてその不安が暴言となる。
私は優しいからそうやって夫の悪いところを理解しようとするけど、いつまで続くかは分からない。
健康の意味
普段は健康は当たり前で、基本条件。
健康だから仕事ができて、収入を得て、生活ができる。
健康であることに感謝していない日常だけど、
つくづく健康が一番だって思う。
何気ない日常が、当たり前の毎日が
「生きている」こと。
たいくつだとか、どこかへ出かけたいとか、買い物したいとかはオプションでしかない。
健康で淡々と毎日を過ごせるって素晴らしいことだって思えるな。
隔離待機期間にできること
コロナにかかり3日間はさすがに何もする気はなく、布団の中にうずくまる。
気分が晴れると、行動したくなるけどどこへも出ることはできない。
隔離される前に一番に運び出したノートPCを開けばブログも書けるけど、私が始めたのはやはり逃げの「黒い砂漠」ゲーム。
ごはん作らず、洗濯物は干さず、好きなだけできるゲーム三昧。
と思うけど、さすがに長時間はできないもんだな。
2005年からのダイヤリーを読み返したり、
とにかく体調が戻ると暇で仕方ない。
これは神様がくれたプレゼントと思い、
存分に隔離生活を楽しんでいるこの頃である。
まとめ
家族の協力と周囲に感謝しかない。
夫は、出勤前に洗濯物して干しているし、買い物、ゴミ出し、夕食後の茶碗洗い。
長女は、隔離されている私への3食準備係。
はい、普段全て私がやっていることではありますが、普段お手伝いさんみたいに思って何もしない人達なので、少しはありがたみを実感できたのではないか?
とも思っている。3食準備大変でしょう?大事なことは、それが当たり前だと思ってはいけない。常に感謝の気持ちを忘れない。基本的なことなのに忘れてしまう。
人間だもの・・・
私も健康の大切さを忘れていた。
実家からピザやイチゴなど差し入れは嬉しかった。普段は自分のゆとり生活が優先で実家に帰る事まれだけど。
職場にも迷惑かけた人々もいる。クリスマスから年末年始、忙しい時にたくさんシフトに入ってくれてありがとう。
健康の大切さと周囲への感謝をむねに新たな年を迎えよう。
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